「給料が安いのがネックかなあ」
仕事終わりの居酒屋で、最近仕事どうなのと、投げかけられた社会人の常套句に少し考えてから言葉を返す。今の職場は雰囲気もよく、残業もあまりないので楽しく働いている。ただ給与面や福利厚生が物足りないのは確かだ。でも働きながら転職活動をすることの大変さを思えば、我慢できないほどの不満でもない。先のことを考えると少しナーバスにはなってしまうけれど。
私の返答にふーんと気の無い返事を寄越して、松川は一息に杯を煽ってから、じゃあさ、とまるで内緒話をするように楽しげな笑みを浮かべて、こちらへ身を乗り出してきた。
「結婚しない?」
「…は?」
「結婚したら収入安定するし、生活も落ち着くでしょ?」
「それはそうだけど…え?待って結婚って松川と私が?するの?」
「そう、俺とがするの」
なんてことはないように言ってのけるが、松川と私は恋人同士ではない。大学時代から長年の付き合いではあるが、男女の関係になったことは一度としてなく、性別を越えた友情を築けているものだと、思っていたのだが。突然のぶっ飛んだ発言に、目の前の男は相当酔っ払っているに違いないと、眠たげな瞳をじっと見つめ返してみるが真意は読み取れない。酒が強くアルコールをいくら摂取しても顔色一つ変わらない男だ。いくら見つめてみたところで、酔っているかどうかなんてまったくわかりやしない。かくいう私もそれなりに呑んでいるから、考えたところで思考はまとまらないのだけれど。
「仮に、仮にだよ?私と結婚したとして、松川にメリットはあるの」
「メリット?…あるよ」
にんまりと笑う釣り目の眦は、よく見ればちょっぴり赤い。こいつやっぱり酔ってるな。酔っ払いの戯言だと、喉の奥で一蹴する言葉を準備していたというのに。
「俺、のこと好きだから。結婚できるなら願ったり叶ったり」
ぽかんと間抜けに開いた口から用意していた言葉は霧散する。にやりと釣り上った口元に、長年付き合ってきた友人の初めて見る表情に、こいつはこうやって女を口説き落としてきたのだなと、頭の端で的外れなことを考える。どうする?と首を傾げてみせる彼を前に、渇いた唇を舌先で湿らせてから、そっと口を開いた。
180508