大学生の夏休みは長い。バイトはしているけれど、テストが明け夏休みに遊ぶための資金稼ぎにとシフトに入る人が多いせいで、今月の出勤日数は少なめだ。そんなわけで特に予定もなく暇を持て余した私は彼氏である力くんが一人暮らしをしているアパートへ遊びに来たのだが、力くんの大学はまだ完全に夏休みに突入はしておらず、レポートの提出やテストがまだいくつか残っているのだという。カタカタとパソコンに向かっている力くんの邪魔をしないようにと、大人しく漫画を読んだり、スマホでゲームをしたりと暇を潰していたが、それも飽きてしまった。ベッドに伏せて、小さく唸り声を上げている私を見兼ねた力くんはキーボードを叩いていた指を止めると、数時間ぶりに口を開いた。

「DVDでも借りに行く?」
「レポートは?」
「ちょうど終わったところ」

力くんの言葉にむくりと起き上がり、ベッドから降りると出かける準備を始めた。



玄関のドアを開けると、むわりとした生温い空気に包まれる。途端にさっきまでいたクーラーの効いた部屋が恋しくなるが、そこで立ち止まらないと後ろから背を押されて、温暖化の夜に身を躍らせた。
夕方に降った雨の名残でところどころに濡れた跡のあるアスファルトに、カポカポとクロックスの音が鳴る。ヒールのサンダルを履いて来ている私に、これ履いて行きなよと力くんが貸してくれたそれは私の足にはやっぱり大きくて、男の子なんだなあとなんだかくすぐったい。
ところどころ残る雲の切れ間から月明かりが降り注いで、夜のお出かけにわくわくが止まらない。浮かれた気分のままにスキップをすれば、隣を歩いていた力くんに窘められた。

「夜なんだからはしゃがない」
「はーい」

軽い調子の返事が信用ならないのか、腕を引かれてそのまま手を絡め取られる。普段は照れくさいからと、あまり外では手を繋いでくれない力くんの珍しい行動に自然と頬が緩んだ。私がにやけているのを察した力くんから「ちゃんと前見て歩く!」と声が飛んでくるけど、その頬が赤いのは暗い中でもちゃんとわかった。



「じゃあ後でね」
「うん」

力くんのアパートから徒歩10分ほどのところにあるレンタルショップは夏休みだからか深夜を回った時間帯にも関わらず人で溢れていた。自動ドアをくぐった瞬間、離れていってしまった掌を寂しく思いながら、DVDのレンタルコーナーの入り口で彼と別れる。
映画鑑賞が趣味な力くんはテレビで大々的にコマーシャルをしている話題作から小さな映画館でしか上映していないような作品まで幅広いジャンルの映画を観る。一方、私の映画鑑賞頻度は年に数回程度で、どちらかといえばテレビでドラマやバラエティー番組を観る方が好きだ。力くんと付き合うようになってからは一緒に映画を観に行くことが増え、お家デートと称して力くんの家でDVDを観る機会がぐんと増えた。最近少しずつ映画の面白さに目覚めてきているところだが、力くんが話してくれる作品の解説や感想はまだまだ理解できないことが多い。

「力くん」
「ん、決まった?」
「うん。今日はこれにする」

力くんが手にしているカゴに持ってきたDVDを入れれば、パッケージに書かれたタイトルを目にした彼はおや、という顔をした。

「それこの間テレビでやってなかったっけ」
「テレビでやってたのは2作目だったの」
「そうだったっけ」

某恐竜のテーマパークの映画の最新作が地上波で初めて放映されるのに先んじて先週末前作が放送されていたのだ。どうせなら一作目から観たいと思っていたら、私と似たようなことを考えている人が多いのか、一作目の列は空箱が目立っていた。力くんは何を借りるのだろうと、手元のパッケージを覗くが、ラベルに印字されているタイトルを見てもよくわからなかった。また後で解説してもらおう。



会計を終えて、レンタルショップの小さな不織布のバッグ受け取った力くんとともに店を後にし帰路につく。なにも言わないでも道中にあるコンビニに自然と足が向かうのはそれがいつものお決まりだからだ。コンビニのドアをくぐると、真っ先にアイスの入ったショーケースに向かう。覗き込んだガラス戸の中に並ぶ様々な種類のアイスを前にどれにしようかと悩む。やっぱりここは夏の定番ガリガリくんだろうか。でもオーソドックスなバニラのカップアイスも捨てがたい。ここのコンビニのプライベートブランドのアイスもなかなかおいしいんだよなあ、とあれこれ目移りしていると、飲み物や食べ物をカゴに入れた力くんが決まった?とこちらへやってきた。

「まだ…」
「何で悩んでるの」
「やわもちと雪見だいふく」

私が指差した二つのアイスをショーケースから取り出し手にしていたカゴに入れると、力くんはレジに向かって歩いて行く。

「え!力くんはアイスいいの!?」
が食べなかった方もらうからいいよ。半分こにしてもいいし」

会計を済ませてしまうと、ほら行くよとさっさと歩いて行ってしまう力くんの後を慌てて追いかける。

「力くんありがとう!大好き!」
「はいはい、夜だから声抑えて」
「はーい!」

レンタルショップのバッグとコンビニの袋で両手の塞がっている力くんの腕に抱きつく。すかさず飛んで来る窘めの言葉に笑い声を返して家路を辿る。
ちょっとしたお出かけだったのにすっかり汗ばんでしまったから、家に帰ったらまずシャワーを浴びよう。髪を乾かして、ベッドの上にアイスやお菓子を広げて、お気に入りのブランケットも用意して。彼が部屋の明かりを落とせば、そこは私たちだけのシアターになる。今夜も二人きりのロードショーの上映開始だ。



170821執筆
180421掲載