センター試験と期末テストを無事に終え、二月に入った。うちのクラスは進学クラスではないものの、四年制大学へ進学を希望する子は多く、自主登校期間中にも関わらず、教室には半数以上のクラスメイトたちの姿があった。かくいう私も受験生真っ只中で、爆弾低気圧だなんだと、連日気が滅入る気温が続く中、寒さに負けず登校し勉強に励んでいる。
友人と昼食を終え、午後からもうひと頑張りと、赤本に向かい始めて数時間、ガラリと教室のドアが開く音に意識が逸れる。音のした方を見やれば、今しがた登校してきたのであろう、鼻を真っ赤に染めた花巻が、のんびりとした足取りでこちらへと歩んできた。

「うーす、勉強捗ってる?」
「おはよう…でいいのかな?まあボチボチ。どしたの今日は」

花巻は確か自主登校期間に入る前に、寒いから自宅で勉強をすると言っていたはずだ。何か用事でもあったのだろうかと尋ねれば、試験終わったから一応報告にネ、という返事になるほどと納得がいく。花巻は関東の私立大学が第一志望で、先週の日曜が試験だと言ってたっけ。

「そっかお疲れ様」
「さんきゅー。なんか労って」
「労ってって…寒いから購買でいい?」
「お、さすが。アリガトウゴザイマス」

あまり私語をしていると、クラスメイトの邪魔になってしまう。手早くカバンから財布と携帯を取り出し、椅子の背に掛けてあった大判のマフラーを羽織り連れ立って教室を出た。





購買の横に設置されている自販機で花巻の分も飲み物を買ってやり、そのまま近くのベンチに腰掛ける。屋内とはいえ、廊下はやはりひんやりとしていて、買ったばかりで熱を放つ缶を、袖を伸ばしたカーディガン越しに掴んで暖をとる。私とは違い、花巻は素手で缶を掴むとそのまま大きな手のひらで転がして弄んでいる。熱くないのかな、なんてじっと見つめていれば、片手で何やらごそごそとカバンの中を探っている。

「ほい」
「…え?なに?」
「いいから開けてみ」

手渡されたコンビニのビニール袋を開いてみれば、某テーマパークの黄色いキャラクターがあしらわれたプラスチック容器が入っている。中を見るとチョコレート菓子が入っているようで、キャラクターがハートをまとっていることから、バレンタイン向けの商品なのだろう。だが、バレンタインは来週だというのに、それを今私に渡す意味がわからなかった。

「コンビニで見かけたからあげる。逆チョコって流行ってんだろ」
「なんでミニオン?私別に好きじゃないんだけど」
「俺に似ててかわいーだろ?」

言われてみれば、イタズラ好きなところやニヒルな感じの笑い方が似てる気がしないでもない。

「それバレンタインの催促兼ねてっから。勉強で忙しいかもだけど、よろしくネ」

怪訝な私の様子を見て取った花巻は、そう告げると、プルタブを引いて缶に口をつける。言い分からするに手作りをしろということか。その日も学校には来るつもりだし、勉強の息抜きがてら、友達に配る用に簡単なものを作る予定だったからいいけれども。

「なんかリクエストある?なるべく簡単なやつで」
「シュークリーム」
「簡単なやつって言ってるでしょ!」
「えーだってチョコのお菓子なんて詳しくねえもん」

ぶーたれる花巻にため息をついて、ポケットから取り出したスマートフォンを開く。ブラウザアプリを立ち上げ、「バレンタイン 手作り」で検索をかけ花巻に見せてやる。こちらに体を傾けて、スマホを覗き込んだ花巻は、おーいろいろあんのな、と感心したように画面を指で送っている。

「あ、これうまそう」
「フォンダンショコラか。これなら作れるかな」
「これ作れんの?すげえな。じゃあそれでオネガイシマス」

たのしみダナーと間延びした、それでいて弾んだ声を上げて身を起こした花巻はゴミ箱に缶を捨てると、リュックを背負い立ち上がった。

「帰るの?」
「うん。センセーに報告しに来ただけだし」
「そっか。じゃあ玄関まで見送ってあげる」

まだ飲みかけの缶を手にのろのろとした足取りで玄関へ向かい、靴を履き替える花巻を見つめる。

「じゃあな勉強がんばれよ」

応援の言葉に手を振ることで応え、来る時と同じゆったりとした足取りで歩き出した背中を見送っていれば、あ、そうだと花巻が振り返った。

からの初めての本命、期待してますんで」

ニヤリとした笑みとともに、サラリとそんなことを告げて、掌をヒラヒラと手を降ったピンク頭が玄関を出ていくのを見送る。普段滅多に呼ばれることにない、下の名前に頬の火照りが収まらなかった。





花巻と私が付き合いだしたのは一学期の終わりごろ、夏休みに入る少し前のことで、告白は花巻からだった。二年生の頃から仲が良く、花巻のことは好きだったから、付き合おうと言ってくれたこと自体はとても嬉しかったけれど、彼からの告白を私は断わった。 今年は受験もあるし、花巻も部活を引退せず、春高までバレーを続けるからというのが理由だった。忙しい中で付き合って、ダメになるくらいだったらこのまま友達のままがいいという私の主張に、花巻は引き下がらなかった。
友達のままでいて、誰かに取られるのがいやだ(そんなモノ好きはいないし杞憂だという意見は聞き入れてもらえなかった)。付き合うからといって、無理に今までと接し方を変えなくてもいい。ただ、理由がなくても連絡したり、触れたりすることが許される立場がほしいと訴えられて根負けした。好きな人にそこまで懇願されて断れるはずがない。
あれから半年ちょっとが過ぎたが、始めの約束通り、花巻との接し方は付き合う前と大きく変わることはなかった。手を繋いだり、キスをしたり、友達の頃にはできなかったスキンシップは増えたけれど。
先日の花巻の誕生日も、当日に会ってプレゼントを渡したくらいで、きちんとしたお祝いは受験が終わってからしようと約束している。バレンタインもお菓子は友達にあげるものと同じものをあげて、きちんとしたものは後日に別に作ろうと思っていたのだ。それなのに。逆チョコなんて言って、わざわざお菓子を買ってきて、自分から強請ることで、仕方なしに私が作るように仕向けてみせて。彼女らしいことができていない私の後ろめたさを和らげてくれた花巻のやさしさに、胸が温かくなる。
今日は少し早めに勉強を切り上げて、お菓子の材料とラッピングを買いに行こう。残りの時間は集中してがんばるぞと、教室までの階段を一気に駆け上がった。



180209執筆
180421掲載