「一静くん!」

呼び声に俯いてスマホを弄っていた顔を上げれば、彼女がこちらへと走ってくる姿が見えた。そんなに急がなくてもいいのに。そう思いながらも、少しでも早く会いたいと思っていたから、彼女も恋しく思っていてくれたのかもしれないなんて自然と頬が緩んだ。

「お待たせしちゃってごめんね」
「全然待ってないから大丈夫。むしろまだ待ち合わせ時間前だから」

いつも早め早めに行動する彼女が遅刻することは基本的にない。待ち遠しくて俺が早く家を出たせいで、だいぶ早めに着いてしまっただけのことだった。それなのに待たせちゃったことに変わりはないからと眉を下げる彼女は優しい。

「それ使ってくれてるんだ」
「うん!すっごく気に入ってる!ありがとうね!」

彼女が肩から下げている鞄はクリスマスに俺が贈ったものだ。女の人と付き合うなんて初めてな俺は、もちろんクリスマスプレゼントを異性に贈ったこともなく、プレゼント選びには随分と頭を悩ませた。普段からシンプルな装いの彼女の好みに合わせてモノトーンのシックなショルダーバッグを選んだのだが、喜んでもらえたようで良かった。本当は直接手渡して喜ぶ顔を見たかったのだけれど、社会人である彼女はクリスマス時期は年末前とあって繁忙期らしく、会える時間が取れず郵送することとなった。24日の夜に仕事終わりの彼女から弾んだ声で電話がかかってきたのが5日前のこと。
今日は昨日無事年内の仕事を納めて来た彼女と久々にデートをしようと駅で待ち合わせをしていた。

「今日の服なんか似てるね」

はにかみながら告げられた言葉に、改めて彼女の服装に意識を向ける。
ベージュのチェスターコートに、黒のタートルネックのセーターとワインレッドのタイトスカートを合わせて、足元はヒールのあるブーツを履いている。襟首の長い服に合わせてか、髪はアップにし耳元では彼女の誕生石のついたピアスが揺れていて、まさに大人の女性といった出で立ちだ。
そんな彼女の隣に立っても見劣りしないようにと、精一杯大人ぶろうと、チェスターコートにタートルネックのセーターに、足元はブーツを合わせてみた。背が高いから少しは彼女に釣り合う大人の男に見えるだろうと思っているが、どうだろうか。

「お揃いみたいでなんか嬉しい」

年齢のことばかりに意識が向いていた俺の考えなんて飛び越して、単純に似たような格好をしていることが嬉しいとはにかむ彼女はとても歳上のお姉さんには見えなくて、もう可愛すぎて仕方がなくて、ここが外じゃなければ今すぐにでも抱きしめてしまいたい。

「ねえさん、今日の予定変更してもいい?」

今日は前から彼女が観たいと行っていた映画を観て、買い物をする予定だった。だけど、彼女がそんなかわいいことを言うから、もう一刻も早く触れたくてたまらなくなってしまった。逸る気持ちを抑えられず、身を屈めて内緒話をするように顔を寄せた耳元で囁く。

さん家でいっぱいイチャイチャしたい」

ダメ?とここぞとばかりに歳下ぶって眉を下げて懇願してみせれば、俺にとびきり甘いこの人は仕方ないなあなんて口にしながらも柔らかく笑って許してくれるのを知っている。

「じゃあ何か食べるもの買ってお家でゆっくりしよう」
「うん」

差し出された手を取って連れ立って歩き出す。手をつないでいるだけなのにそんな些細な触れ合いすら嬉しいらしい彼女は先ほどからニコニコと笑みを浮かべていてご機嫌だ。でも申し訳ないが、俺はそんなのじゃ全然足りない。
タートルネックの下に隠れたうなじに早く齧り付きたいとか、真っ黒なタイツに包まれた足を剥いて白さを確かめたいだとか、先ほどから不埒な考えばかりが頭を占めていて。余裕のなさを悟られないように平然を装うのに必死だった。



171231執筆
180421掲載