「えっ、ちょお待って!」

達人の制止を無視してベルトのバックルを手早く外し、寛げたジーンズを下着と一緒にずり下ろす。慌てたように伸ばされた掌を払って、間接照明の淡い灯りのもとに曝された逸物を無遠慮に鷲掴んだ。

「え、いやあかんって! ちゃんホンマ待って!え?あかんてムリ!ほんまムリやってあかん!!」
「もう黙って」

先ほどから困惑の言葉ばかりを繰り返している達人に一言吐き棄てて、まだ柔らかい陰茎を口に含んだ。頭上から聞こえた息を飲む音に気を良くしながら、指で輪を作って根元から扱きあげる。じわりと先端から滲んできた先走りを舐めとって、下で包み込むようにして吸い上げれば、うっと小さなうめき声が耳に届く。じゅぷじゅぷとはしたない水音をたてて、大きく熱くなった陰茎を愛撫していると、だんだんと体が昂ぶってくるのがわかる。きっと私の下着はぐしょぐしょだ。

「くっ、もうあかん…!」
「んぅ、ん、ぁ、…えっ?」

堪えるように自らの太ももを掴んでいたはずの達人の掌が伸びてきて強引に額を押された。普段女の子に優しい彼らしくない乱暴な手つきで強引に引き剥がされた顔に熱い飛沫がかかる。むわりと立ち込める独特の匂いと頬を伝うドロリとした感触に吐精した彼の白濁をかけられたのだと理解した。指で掬い取るように拭った精液を見つめていれば、絶頂の余韻から抜け出した達人が慌ててティッシュで顔を拭いていく。

「すまん…!あんまり気持ちよかったから我慢出来へんかった!!気持ち悪かったやろ?ほんまごめん!」
「別に、気持ち悪いとは思ってないけど」
「じゃあなんでそんな険しい顔してるん?」

眉間に皺寄ってんで。指摘されてようやく顔を顰めていることに気がついた。

「…イヤだった?」
「え?」
「あかんってずっと言ってたから。イヤじゃなかった…?」
「イヤとかそんなん全然思てへんよ!!むしろ気持ちよすぎてヤバかったくらいやし!」
「…ならいいんだけど」

弁解するように言葉を重ねる達人に、なぜだかスッキリせず、その日は最後まで気持ちはもやついたままだった。





それから三日。達人とは顔を合わせていない。たまたま防衛任務が入っていなかったからボーダーに行く用事がなかったというのもあるが、彼からのメッセージも着信もすべて無視をしていた。しかし、今日はあいにく所属している隊のミーティングがあるから、本部に顔を出さなければならない。ボーダー本部は広いから達人と偶然鉢合わせる可能性は低いと思うが、油断はできない。戦地に赴くような心持ちで私は三門市へ向かう電車に乗り込んだ。

「お、さんちょうどいいところに」

ミーティングを終え、さっさと帰路につこうとした私を待ち受けていたのは隠岐だった。達人と付き合うようになってから話をするようになった彼は、爽やかな笑みがどうにも胡散臭くて苦手だった。今だって待ち伏せしていたくせに、まるで偶然居合わせたかのような物言いが引っかかって、自然と私の声は温度の低いものとなった。

「何か用?もう帰るとこなんだけど」
「わかってはるくせに、そんないけず言わんといて下さいよ。イコさんのことです」

やっぱりか、と押し隠さず溜め息をついた私を見る隠岐は、相変わらず感情の読めない笑みを浮かべている。

さんと連絡取れへんってめちゃくちゃ落ち込んではるんで、さっさと仲直りしたってください」
「…別に、ケンカしてるわけじゃないよ」
「じゃあなおさら会うてあげてくださいよ。俺が言うんもなんやけど、あの人さんが思ってるより、さんのこと大切にしてはるんですよ」

そんなこと言われなくてもわかっている。達人がどれだけ私を大事にしてくれているかなんてことは。ただ、時々焦ったく思ってしまうのだ。まるで壊れ物を取り扱うような丁寧さと優しさで触れられるのは。私はそんなに綺麗なものでも上等なものでもないのに。

「…どこにいるの?」
「作戦室で死んでますわ。じめじめうっとおしくてしゃあないんで、ついでに持って帰ってください」

仮にも隊長に向かってその言い草はなんだと言いたくなるが、実際落ち込んでいる時の達人のウザさは半端ないので聞かなかったことにする。隠岐の後ろについて、通い慣れた生駒隊の作戦室へ歩を進めた。

「イコさーん、お客さんやで〜」
「…誰や知らんけど、今俺は人と話するだけの元気ないで…」
「…そっか、それならしかたないね。帰ろっかな」
ちゃん?!」

久しぶりに聞く達人の声は相変わらず喧しくてうるさい。作戦室のソファに身を横たえて沈んでいたのが嘘のように飛び起きた彼は、私の前まですっ飛んでくるとものすごい勢いで頭を下げ始める。

ちゃんほんまごめん!!俺がわるかったから許してください!」
「達人は何に謝ってるの」
「この間顔にかけてしもうたことやけど…。えっ違うん?!」

ほら言うたでしょ、イコさんの考えすぎやって、などと後ろで呑気に呟いている隠岐の様子から見るに、この間の出来事は隊のメンバーに話してしまっているのだろう(さすがに女の子であるマリオちゃんには聞かせていないと信じたい)。
ひとまずこの話はこれ以上ここでするべきではないだろうと判断し、達人の腕を引っ張って隊室を後にした。





達人を引きずるようにして私の家まで連れて帰り、部屋に入ってからようやくきちんと正面から向き直った。どう話を切り出したものかと、視線を彷徨わせていれば、なぜかぴしりと姿勢を正してフローリングに正座をした達人が、きりりとした面持ちで口を開いた。

ちゃん怒ってへん言うてたけど、あれってほんまなん?」
「怒ってないのは本当だよ」
「せやったら、連絡くれへんかったんはなんで?」

責めるのではなく優しく問いかける彼の言葉に、モヤモヤとしていた感情を喉奥から絞り出していく。

「その…いつもスる時、達人にしてもらってばっかりだから、この間がんばってみたんだけど、なんか失敗したなって思って」
「え、なんで?」
「だって引いたでしょ?」
「いや、まあビックリはしたけど。でもちゃんが頑張ってくれてたんはわかったし、俺はめっちゃ嬉しかったで!」
「本当に?」
「ホンマに!」

力強い達人の言葉に、胸の中に渦巻いていた不安はどんどんと晴れていく。ほっと息をついた私を見て、達人は嬉しそうに笑う。

「ようやく笑てくれた」
「え?」
「今日会うた時からずーっと眉間に皺寄せて難しい顔しとったで」

こんな感じと、顔を大仰に顰めて見せる達人に、そんなにひどい顔じゃないよ!と言いながらも笑いが止まらない。私を笑顔にしてくれるのはいつだって彼なのだ。