※attention
第三者視点。名前変換ない上に尾形ほとんどでてきません



「どうなの、彼とは」

色恋話というのは、飲み会のネタとしては鉄板だ。話を振ってきたのが上司やさして仲よくもない先輩や後輩であれば、うっとおしいことこの上ないが、相手は新入社員時代から苦楽を共にしてきた同期だ。嫌がられることはないだろう。私の質問に、テーブルの上に置いたスマートフォンに指を滑らせていた彼女は顔を上げた。

「どうって?」
「同棲始めたんでしょ。一緒に暮らし始めてどう?」
「うーん別に普通かなあ。一人暮らししてた頃とそこまで大きく変わったこともないし」

普通ってことはないだろう。彼女はつい最近まで長年恋人がいなかった上に、本人もあまり恋愛に前向きでなく、このままおひとり様でもいいかも、なんてことまで言っていたのだ。ところが、突然彼氏ができたと報告があったと思えば、付き合って数か月で同棲まで始めたのだから、聞きたいことは山ほどある。

「そもそも彼氏さんとはどこで知り合ったのよ」
「あれ、言ってなかったっけ」
「聞いてない!」

ここのところ仕事でバタバタしていて、彼女と飲みにいくのは久しぶりなのだ。職場では周りに詮索されるのが煩わしくて、お互い恋愛ごとの話はしないようにしている。昔からの知り合いでちょっとね、と曖昧に交わされる。

「どんな感じの人?かっこいい?」
「えー難しいなあ。雰囲気がなんとなく猫っぽい感じ…?かっこいいかはわかんないけど、まあ顔は整ってる方じゃないかな」
「写真ある?」
「うーん、彼、写真きらいだからなあ」

ぐいぐいと迫る私に促され、スマホをタップして写真を探してくれているらしい。

「あ、あった」
「見せて見せて!」

彼女のスマホを受け取れば、テーブルに突っ伏して、いわゆるごめん寝の体制で寝ているらしい男の人が写っている。

「顔写ってないじゃん!」
「だから、写真きらいだって言ったでしょ。寝てる時くらいしかチャンスないんだって」

ちぇーと唇を尖らせながら、改めて写真をじっくりと眺める。腕や肩なんかが割とがっしりしている感じだ。何かスポーツでもやってるの?と尋ねれば、学生時代クレー射撃を嗜んでいたらしい。射撃ってそんな体鍛えられるものなのか、と感心していると、ラインの通知がポップアップしたのでスマホを返却する。受け取って返信をしている彼女に、彼氏から?と尋ねれば首肯される。

「へえ、結構連絡マメなんだ」
「うん、まあね」

今さらながらに気づいたが、先ほどから数分置きにスマホのバイブが鳴っている。その度に彼女はスマホを開いては、ラインのトーク画面を開いてスタンプを送ったり、返信をしたりしている。え、もしかして、これぜんぶ彼氏からの連絡?送られてくるラインのあまりの頻度に驚きを隠せない。放置してもよさそうなものなのに、きちんとリアクションをしている彼女にもだ。彼女は普段からラインやメールが苦手だと公言しており、実際、待ち合わせを決めたり、業務連絡であったり、必要最低限の会話しかしないことが多い。そんな彼女がスマホを手放さず、文字を打ったり、スタンプを送ったりしているのは俄かに信じがたい。
きっと、それだけ彼のことが好きなんだろう。

「ごめん、そろそろ帰ってこいって言われちゃって、」
「ああ、ぜんぜん大丈夫。結構いたしね、かえろっか」

申し訳なさそうな彼女に気にするなと手を振って、荷物と伝票を手に取って立ち上がった。

店を出て駅まで向かっていると、後ろから声を掛けられる。

「尾形?もう家帰ってたんじゃなかったの」
「遅いから迎えに来た」

間合いや会話の雰囲気から察するに噂の彼氏さんらしい。遅いって、まだ22時すぎなんだけどなと思いながら、失礼にならない程度にお顔を拝見する。確かにイケメンとはちょっと違うが、顔がいい。独特の雰囲気があってもてそうだ。背はそこまで高くないが、がっしりとしていて体格もいい。などど分析しつつ、少し離れたところで様子を窺っていれば、彼氏さんと視線がかち合ってびくりと肩が跳ねる。こ、こんばんは、とぎこちなく挨拶をすれば、軽く会釈が返ってくるが、その顔はまったくの無表情だ。

「ごめん、車で迎えに来てくれたみたいだからここで」
「うん。じゃあまた会社でね、おつかれ」

ひらりと手を振って彼氏さんと連れ立って帰っていく彼女を見送る。ちらり、と首だけで振り返って、こちらに向けられた彼氏さんの視線に、ぞくりと背中に冷たいものが走る。かち合った瞳の奥から向けられたのは、明確な敵意。
猫に似ている、と話していたがとんでもない。あの瞳が孕んだ獰猛さは、野生のケモノそのものだった。



201220