「そんなに見るな」
やりにくい、という割に無骨な指先はするすると小さな刷毛を動かして色を乗せていく。
なんとなく出来心でネイルをしてほしいと月島さんにお願いしたら、眉間に皺を寄せて難しい顔をしつつも承諾された。
「え、ほんとに? いいの?」
「なんだ、冗談だったのか?」
こんなにあっさりと聞き入れられるとは思ってもみなくて、ぽかんと呆けていれば、やる気満々の月島さんが掌を差し出してくる。慌ててポリッシュを手渡せば、ダイニングのテーブル座るように促された。
対面に座った月島さんはくるくるとキャップを回して、取り出した筆の先をふむと観察している。ほら、手貸せと言われて手を差し出せばがしりと掴まれる。じっと爪先を数秒見つめた後、月島さんはボトルに筆を戻してポリッシュ液に浸してから取り出し、躊躇することなく爪の上に滑らせた。
一本目は筆に含ませた液量が多く塗り広げようとしてはみ出し、続く二本目は逆に液が少なすぎて掠れてしまい、塗り足したらムラになってしまった。そこから要領を掴んだらしく、スイスイとなめらかに刷毛を滑らせていく。さすが月島さんだなあ、なんて感心しつつ見つめていたら渋る声が飛んでくる。
「そんなに見るな。やりにくい」
「だって手持ち無沙汰なんだもん」
「テレビでも見てろ」
リビングで付けっぱなしになっているテレビを顎でしゃくって指し示されるが、目の前にこんなにも興味をそそられることがあるのに、テレビになんて意識が向くはずもなかった。
熱い視線をもろともせず、十本の指すべてを塗り終えた月島さんは、ふうと満足げに息を吐いてボトルのキャップを閉めた。
「わーすごい! 月島さん上手!」
「動くなよ。乾くの時間かかるんだろ」
「これ速乾のやつだから、そんなにかからないよ」
指先を鼻に近づけて嗅ぐと、ツンとした揮発剤の臭いが鼻につく。ものにもよるが、だいたいこの臭いがしなくなったらあらかた乾いた状態だと判断できる。せっかく月島さんが塗ってくれたのだ。どこかに指を当ててしまってへこんだり削れたりしたら嫌だしな、と大人しく爪を眺めながら満悦に浸る。
「そんなに嬉しいか」
「当たり前でしょ!」
「…そうか」
喜ぶ私の様子に月島さんも満更でもないらしく、仕上がりを確認するように覗き込んでくるので指先を翳して見せる。
「はみ出たの取れるか?」
「リムーバー浸した綿棒で拭ったら取れるよ」
「やってやる。道具どこにある?」
綺麗に仕上げたいという欲でも出てきたのか、やけに乗り気だ。ネイル用の先の細い綿棒とリムーバーが置いてある場所を教えるとさっそく取り出してきた。
「よろしくお願いしますね、ネイリストさん」
「任せろ」
どうせならトップコートも塗ってもらおう。月島さんは意外と凝り性なところがあるから、いろいろ教えたらハマってくれそうだなぁなんて、次に期待を寄せた。
200919 / twitterより再掲