付き合い始めてから数ヶ月。今日は初めて月島さんの家に泊まる。お風呂も終えて準備万端。布団の上で向かい合っていた。

「緊張してるのか」
「月島さんの方こそ」

軽口を叩けば、そうだなと素直に認める言葉が返ってきて目を瞬く。
そうか、彼は緊張しているのか。そして、私も。指摘されてようやく自覚した。しかし、それも仕方がないことだろう。
今宵は私たちにとって初めての夜なのだから。



今から百年ほど前、前世で月島さんと私は夫婦だった。
彼は有能な軍人で忙しい人だったから、夫婦として共に過ごした時間は多くない。体を重ねたことも両の手の指で数えられる程度だ。
月島さんが第七師団の所属となり、日露戦争から帰還してからは広い道内を転々としており、居を構えていた旭川に戻ってくることはそう多くなかった。
それでも、月島さんは忙しい合間を縫って文を寄越してくれた。機密も多いため近況について仔細を書くのは難しいのだろう。端的でおおよそ妻に送るものとは思えない堅苦しい文面だったが、内容はいつも私の身を案じるものばかりだった。



夫婦となる前に、念を押すように改まって話されたことをよく憶えている。

「俺は軍人だから布団の上で死ねることはないだろう。お前を残して逝くかもしれない。そんな男だぞ」と。

「早い遅いはあれど人はいつか死にます。このご時世、何があるかもわからないのだから、好きな人と一緒になってわずかばかりの時を過ごせれば十分ですよ」と返した私に、月島さんは参ったという顔をして笑ってくれた。そして、私たちは夫婦となった。
初めての夜、緊張で身を震わせる私に、月島さんはこれ以上なくやさしく触れてくれた。無愛想で不器用で実直な彼は、普段から好きや愛してるなんて甘い言葉をくれることはなかった。でも、体を重ねている時に、熱に浮かされてくると激しく求めてくれることを知っていたから幸せだった。



なんの因果があってか、この現代の世で私たちは再び出会い、そしてまた結ばれた。
今生の私たちは、今宵初めての夜を迎える。あの頃と違って生娘でもないのだ。こわいことなんて何もないはずなのに、なぜか体は緊張で強張っていた。月島さんが与えてくれる快楽も、愛情もとっくの昔に知っているのになぜだろう。



名前を呼ばれて顔を上げれば、熱を孕んだ瞳と目が合う。

「いいか」
「…優しくしてくださいね」

茶化すように笑うが、彼はそれ以上何も言わず静かに口付けられる。唇を一度合わせた後、強く押し付けられ柔く食まれる。呼吸をしようと口を開いた隙を狙って侵入してきた舌に捉われた。

「ふ、あっ、はじめさ、」
「はっ、…」

あの頃のように下の名を呼べば、釣られたように名前を呼ばれて、どくりと心臓が騒ぐ。
前世の記憶があることを、月島さんに話したことはない。私と同じように月島さんに前世の記憶があるかわからなかったし、月島さんに惹かれる気持ちが、月島さんが私を好きになってくれた理由が、前世で夫婦だったからという同情だったらと思うとこわかった。私が月島さんに惹かれたきっかけは、あの頃の記憶の名残が少なからず影響しているというのに。
私が前世の記憶を遺して産まれたのは、未練があったからだ。あの時代に生きた月島さんは多くのしがらみに縛られて生きづらそうだった。しがらみも背負うものもなくなったありのままの月島さんを愛して、愛されたいと思っていた私の欲が、今世で彼と私を引き合わせたのだろう。
もしかしたら、今世の月島さんにはもっと好い人がいたかもしれない。でも、私は月島さんのことをもう百年もの間ずっと想い続けているから、今さら誰かに渡すなんてことできやしなかった。

「はじめさん、すき」

彼の熱を身の内で受け止めて、揺さぶられながら溢した睦言に向けられた泣きそうな表情は、あの夜見た基さんの顔と重なって、眦からは涙が一筋流れ落ちた。
ごめんね、ごめんね。大好き。譫言のように何度も、好きだと告げる。
俺も好きだ、と小さく返ってきたのは、きっと飾ることない月島さんの本心で。あの頃の私の未練はようやく果たされた。



200430