いろいろと考えて、遠出をするのは見送ることにした。とはいえ、普通に家で過ごすのはちょっと味気ない。どうしたものかと頭を悩ませて、先週ニュースで桜が開花したことを伝えていたのを思い出し、近場の公園にお花見に出かけることを思いつく。通勤の途中で見かける桜もチラホラと花を開き始めているの見かけたから、3月の終わりから4月の頭にかけては、ちょうど見頃だろう。
そうと決まれば、さっそく準備の段取りを組もう。まずはお弁当だ。一から手作り、できたらいいのだが冷めても美味しいおかずを作るのは意外に難しい。品数をたくさん用意するのも大変なので、おにぎりと卵焼きだけ作って後はお店でテイクアウトすることにしよう。近所にある中華料理チェーン店の餃子が月島さんも私も大好きだからそこで頼もう。
お米はおにぎりにしてもおいしいと言う品種のものを取り寄せよう。これで炊飯するとおいしいと有名な鋳物のホーロー鍋を友人が持っているから、貸してもらっておいしいごはんを炊こう。
レジャーシートは家にあるし、大きな保冷バッグやトートバッグもあるから問題ない。座布団やストールなんかもあるといいかもしれないなと、次々と決まっていく準備にワクワクとした気持ちが高まっていった。
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誕生日当日、スマートフォンのアラームが鳴ってすぐに飛び起きて音を止める。隣で寝ている月島さんがまだぐっすりと眠っていることを確認して、起こさないようにベッドを抜け出した。
お米は昨晩のうちに研いでおいたから、鍋に米と水を入れて30分ほど吸水させている間に着替えや洗顔を済ませた。吸水が終わった米を火にかけて沸騰させる。大きな泡が立ってきたらかき混ぜて蓋をし、10分程弱火にかける。火を止めて10分ほど蒸らしたら、炊きあがりだ。蓋を開くと、炊き立てのごはんのいい匂いが漂ってくる。このまま食べてもおいしいのだろうけど、これはおにぎりにするのだと、口の中に湧き上がる唾液を吞み込んだ。
用意した氷水で手を冷やして、布巾で水気を拭きとった掌に塩を一つまみ取って擦り込んだ後、熱々のごはんを握っていく。力を込めすぎないようにふんわりと三角に形づくり、大皿に並べて粗熱を取る。月島さんはごはんが大好物でよく食べるからと3合炊いたのだが、さすがに全部おにぎりにしてしまうのは多すぎだろうか。まあでも、余ったら夜ご飯にしてしまえばいいかと思い直しぜんぶ握ってしまう。おにぎりができたら、次は卵焼きに取り掛かって、あれやこれやと準備をしてたら時間はあっという間に過ぎていく。
お昼前の時間になり、起きてきた月島さんがのそりとリビングに姿を現す。
「おはよう、早いな」
「おはようございます。おでかけする予定があるので」
そうか、と返事を寄越してトイレに消え、洗顔と髭剃りを終えて戻ってきた月島さんに声をかける。
「出かけるので準備してくださいね」
「どこ行くんだ?」
「お花見です」
じゃん!と効果音を口にして、お弁当や飲み物、レジャーシートなどを詰め込んだ大荷物を指し示して見せれば、月島さんはぱちぱちと驚いたように目を見張った後、立ち上がって着替えに寝室へ入っていった。その足取りは心なしかわくわくとしていたのは気のせいじゃないと思う。
公園へ向かう前に、商店街の中にある惣菜店に寄る。ここのからあげは絶品で、いつもお昼時は小さな行列ができるのだが、事前に電話で予約をしていたから待つことなく受け取ることが出来た。中華料理店チェーンにも立ち寄り、お昼で混み合う店内をよそに、予約していた料理を受け取って公園に向かう。
近所にある公園はこの辺りでは有名なお花見スポットでこの時期、土日は賑わいを見せる。しかし、今日は平日だからか、未就学児だろう小さな子を連れた親子連れやカップルがチラホラいるだけで、比較的空いている。
運良くあらかじめ検討をつけていた場所が空いていたので、陣取って手早くレジャーシートを広げる。月島さんと協力して、風で飛ばないように荷物でシートを押さえてから靴を脱いで上がり込む。木の下から見上げた桜は圧巻で、晴れた空とのコントラストがきれいだ。
「すごいな」
「たくさんあるので好きなだけ食べてくださいね」
おにぎり、からあげ、餃子に酢豚、エビチリ、そして卵焼き。持ってきた料理を広げるとなかなかの量があった。二人でこの量は、さすがにちょっと買いすぎたかと思ったが、月島さんはよく食べるからまあなんとかなるだろう。飲み物としてお茶だけでなく、ビールや日本酒も持ってきた。保冷バックから冷やしたビール缶を取り出し、手渡すと準備がいいなと月島さんが笑う。誇らしげな笑顔を返して乾杯した。
「あ~よく食った」
「ふふ、お腹いっぱいですね」
心配はやはり杞憂だったようだ。朝食を食べていないこともあってか、月島さんはもりもりとよく食べ、買ってきたおかずはほとんど残っていない。開けた日本酒をちびちびと吞みながら、平日の昼間に花見をしておいしいものを食べてお酒を飲む贅沢としあわせを噛み締める。
「月島さん」
「ん?」
「ほら、寝転がるならこっち」
どうぞ、と膝を叩いて見せれば、お酒で染まった頬を緩めて、ごろんと膝の上に坊主頭が乗る。しょりしょりと手触りを楽しむように撫でてあげれば、気持ちよさそうに目を閉じている。
「なぁ」
「なんですか」
「ありがとうな、いろいろ準備してくれて」
「どういたしまして」
「…誕生日ってのも、案外悪くないな」
ぽそりと、聞こえるか聞こえないかくらいの声量で呟かれた言葉に、ぎゅっと胸が締め付けられる。その言葉が聞けただけで、がんばって準備してきた甲斐があったものだ。返事の代わりに、おでこに唇を寄せれば、くすぐったそうに身を捩って、眩しそうに目を細める月島さんが愛おしい。たまらなくなって、誰も見ていやしないだろうと、唇に掠め取るように口づけした。
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しばらくのんびりとして、陽が傾きだし風が冷たくなってきたのを頃合いに帰り支度を始める。食べ物や飲み物がなくなったので、帰りの荷物はだいぶ少ない。月島さんと手を繋いで、ぶらぶらと歩きながら商店街を通り抜けていく。
「あ、ちょっと寄りたいところあるんですけど、いいですか」
そう言って足を向けたのは、商店街の中にあるパティスリーだ。ここは近所で人気のお店で、テレビや雑誌なんかでも紹介されたことがある。さすがに何を取りにきたのかはおわかりだろう。店員さんに予約していた旨を伝えて、確認している私の後ろで大人しく待っている。
「お名前、こちらでよろしいでしょうか」
「はい、大丈夫です」
確認のため店員さんが箱を開いて、ケーキに乗せるメッセージプレートの名前を見せてくれる。
「はじめくん おたんじょうびおめでとう」と書かれているプレートを見て、月島さんはちょっと恥ずかしそうに目を逸らしている。
「こういうのって、本人には内緒でこっそり取り来るもんじゃないのか」
「一回帰ってまた取りに来るの面倒くさいでしょ」
面倒くさがりの月島さんに、二度手間になることを指摘すれば、返す言葉がないのか口を噤んでいる。もちろん理由はそれだけじゃなく、月島さんの反応を見たかったからというのもあるのだが、これは言わなくてもいいだろう。会計を済ませた後、月島さんが持ってくれていた荷物を引き受け、代わりにケーキを持たせる。
「つぶれてても文句言うなよ」
「そうならないように、気を付けて持って帰ってください」
プレッシャーをかけるつもりはないが、そう声をかけると、箱の底に手を添えてしっかりと抱えるようにして歩き出すのが、まるで小さな子どものようで笑ってしまう。
せっかくだから、去年はできなかったハッピーバースデーの歌も歌ってあげよう。ろうそくもちゃんとつけてもらっているし、きちんと吹き消してもらって、今年はしっかりとお祝いするのだ。
ゆっくりと、一歩一歩踏みしめるように歩きながら家までの道のりを歩いた。
210401
HappyBirthday Hajime Tsukishima!!