「おかえりなさい!!」
「た、ただいま」

家に帰ると、が玄関に仁王立ちで待ち構えていた。予期せぬ来訪に驚きつつ、帰宅の挨拶を返す。どうしたのかと理由を尋ねる前に鞄を奪われ、グイグイと背中を押して洗面所へ促される。
お風呂準備できてるから一番風呂どうぞ!という言葉とともにネクタイとスーツの上着を剥ぎ取られ、スラックスも脱ぐように言われる。訳がわからないまま指示に従って服を脱げば、しっかりあたたまってね、と言い残して彼女は洗面所を出て行った。
蓋を閉めた洗濯機の上に着替えとバスタオルが用意されており、さらにその上に好きなの使ってね、というメモと共に入浴剤が置かれている。やけに好待遇だが、今日は何かあっただろうかと首を傾げつつ、せっかくの気遣いに感謝をして浴室の扉を開いた。



体と頭を洗い終え湯舟に浸かる。お湯は俺が好きなちょっと熱めで、ピリピリと指先が痺れるような感覚が心地よい。彼女が用意してくれた入浴剤の香りが浴室内に立ち込めて、ほうと自然と息が漏れる。思えば最近仕事に追われて、こんなふうにゆっくりと湯船に浸かることはなかった。

「お湯加減どう?」
「ああ、ちょうどいいぞ」
「よかった」

擦りガラス越しに聞こえてくる声音から、頬を緩める彼女の表情が目に浮かぶ。ゆっくり浸かってね、と言い残して去っていこうとする気配に、名前を呼んで引き留めた。

「一緒に入らないか」
「月島さん、のんびりできなくなっちゃうからいいよ」
「お前と一緒にのんびりしたいんだ」

だめか、とダメ押しのように続ければ、普段お願い事なんてしない俺の珍しい甘えに折れてくれたようで、わかった準備してくるね、と承諾してくれて気分は上々だ。
しばらくして浴室に現れた彼女は手早く洗顔と洗髪、体を洗い終えて、お邪魔しますと浴槽に入ってくる。ざばりと勢いよくお湯が溢れていき、湯気が立ち込める。俺に背を預けた彼女も、ほうと息を吐いて身を緩めた。

「どうしたんだ今日は」
「ん~今日は風呂の日だから」
「風呂の日?」
「ほら、2月6日だから」

なるほどと納得する俺に、それに、と彼女は言葉を続ける。

「今日寒かったし、最近月島さん忙しそうだったからゆっくりしてほしかったし、ちょうどいいやって思って」
「そうか、ありがとうな」
「どういたしまして」

ふふ、と誇らしげに笑う彼女はお手伝いをして親に褒められたこどものようでかわいい。語呂合わせのイベントごとなんて普段はくだらないと一蹴してしまうものだが、たまにはいいかもしれない、なんて思う俺の頭はあたたかいお湯ですっかりふやかされていた。



200206執筆
200218掲載