クリスマス、年末に、お正月。一人暮らしが長く、なおかつ彼氏もいないとなると、年々イベントごとはスルーしがちになる。学生の頃は友人と集まってクリスマスパーティーを催したものだが、社会人となってからはそんなことをする機会もとんとなくなった。ありがたいことに、今は恋人がいるのでクリスマスにかこつける口実はあるものの、お付き合いをしている月島さんは割とイベントごとに疎い。しかも、クリスマスはただでさえ師走で忙しい上に月末も近い時期だ。今年は平日ということもあるし、何か約束をしているわけではなかった。

、ちょっといいか」

時刻は定時から30分ほど過ぎたころ。24日の今日はやはり予定がある人が多いのか、定時退社していく人が多い中、特に予定もない私は残業していた。
取りかかっていた作業に一区切りつき、退社しようとパソコンを落としたタイミングで月島さんに呼ばれる。彼のデスクまで赴くと、周囲を見渡し人がいないことを確認した月島さんにおもむろに紙片を手渡された。

「悪いんだが、これ引き取りにいってくれないか」
「わかりました」

私たちが社内で付き合っていることは公にはしていないので、詳しく問うことはせずに紙を受け取る。
以前洗濯が間に合わず、ワイシャツのストックがなくなりそうだからとクリーニングの引き取りを依頼されたことがあった。最近、月島さんは残業続きで帰宅も遅いようだったから、またクリーニングの引き取りだろう。
月島さんはまだ残ってやることがあるようで、お疲れ様ですと挨拶をして退社し、電車に乗ってから折り畳まれた紙を広げると、予想に反して記された店名は見慣れたクリーニング店のものではなかった。なんの予約だろうかと首を傾げつつ予約票を眺めて、品名欄に書かれた「ケーキ」の文字に、記載された店名が月島さん家の最寄駅の駅前にある洋菓子店の名前だということに気が付く。渡された紙はもう一枚あって、そちらはファストフード店のチキンの予約だった。
クリスマスのこと考えてくれてたんだな、と嬉しく思うと同時に、何も準備していなかった自分が申し訳なくなってくる。目的の駅で下車し、無事予約の品を受け取る。以前もらった合い鍵を使って月島さんの家にお邪魔しケーキを冷蔵庫にしまった。月島さんは自炊をあまりしないらしく、冷蔵庫はがら空きの状態だ。チキンの他に何か食べ物や飲み物を用意した方がいいのではと思案する。
というか、思いもよらぬ流れでクリスマスを一緒に過ごすことになったけど、今日ってお泊まりになるのだろうか。食べるものを食べて帰ってしまうというのもなんだか味気ないし。それなら明日も仕事だし、今のうちに着替えやメイク道具を取りに帰りたい。でも、もし月島さんはそのつもりがなかったら、お泊りする気満々で準備してくるのはけっこう痛い。悶々と悩んでいると、スマホが震える。

、家着いたか」
「うん。あの月島さん、」
「今会社出たところだから、今のうちに家帰って支度してこい。今日泊まっていくだろ」
「うん」

先ほどまでの悩み事は月島さんの一言であっという間に解決する。準備する時間も考えると一刻も早く動き始めた方がいいだろうと、玄関へ向かう私を見越したように、急がなくていいぞと月島さんの言葉が続く。

「スーパーで買い物するし駅前で落ち合おう」
「うん、わかった」

急がなくていいと言われたけれど、早く月島さんに会いたい気持ちと、一緒にクリスマスを過ごせる喜びに浮き足立った足取りは自然と速くなる。
プレゼントも何も用意していないことは今更嘆いても仕方がない。素直に謝って、せっかく月島さんが準備をしてくれたのだからクリスマスを楽しもう。
街に溢れるクリスマスの装いが、急に煌めいて見えてきた現金な自分を笑って、聖夜の街を足早に駆け抜けた。



月島さんと合流して買い物を済ませた後、家に帰ってきて簡単にスープとサラダを作った。せっかくだしと購入したワインをあけて、チキンを平らげ、ケーキも食べ終えたらお腹はいっぱいだった。

「月島さん今日はありがとう。私なにも準備してなくてごめんね」
「いや気にするな。俺も何も言ってなかったしな」

ここのところ忙しくて、二人の時間が取れていなかったし、思いがけずゆっくりとした時間を過ごせて嬉しい。ケーキを食べる時に淹れたコーヒーを啜りながら、「でも、月島さんってイベントごとあんまり興味ないと思ってたから意外だった」と零すと、月島さんはちょっと気まずそうな顔をして、実は、と今日のクリスマスの催しに至った経緯を打ち明けてくれた。
ここ最近の仕事の多忙ぶりを見た鶴見部長からクリスマスを彼女と過ごせるように頑張っているのかと尋ねられたそうだ。特に予定がないことを伝えたところ、そんなことじゃ愛想を尽かされてしまうぞとお叱りを受け、慌ててクリスマスの準備をしたらしい。

「何か贈り物でもと思ったんだがな。そこまでは用意する時間がなかった。すまん」
「プレゼントなんていいよ…!一緒に過ごせただけで充分」

変な気を遣わせてしまったなと思う反面、私のことを考えてくれたのであろう心遣いが嬉しい。思わず笑みを漏らせば、何笑ってるんだと怪訝そうに尋ねられる。

「月島さん、私に愛想尽かされたくないんだなと思って」
「当たり前だろ」

手招かれて向かい合って座っていたダイニングのテーブルを回って月島さんの元へ行くと腰を引いて抱き寄せられる。座っている月島さんに跨る格好になり、ギュッと抱きついた。

「クリスマスだからってわざわざ何かしなくてもいいかな、って思ってたけど、こうやって二人で過ごせる理由になるんだったらクリスマスもいいもんだね」
「そうだな」

ツリーを飾っているわけでもないし、クリスマスらしさなんてこれっぽっちもないけれど、抱き締め合っているだけで満たされた気持ちになるのだから不思議なものだ。いつもなら恥ずかしくってできないけれど、今日くらいはと勇気を振り絞って自分からキスをしてみる。触れるだけの口づけだったけれど、月島さんを驚かせるには十分だったようだ。眦を緩めて柔らかな表情をした月島さんに、もう一回と促されて触れるだけの口づけを交わす。
月島さんとの触れ合いを堪能した後、明日も仕事だしと切り替えて、後片付けをしてお風呂に入る。きっと世間のカップルは今宵はセックスをして甘い夜を過ごすのだろうけど、お互いに割と真面目な性格なので明日に響くようなことはしなかった。大人しくベッドに入り、でもしっかりと抱きしめあって眠りについた。



朝、目覚めると月島さんはすでに隣にいなかった。相変わらず早起きだな、と思いながら身を起こして、枕元に置かれているものに気がつく。
まさか、だって用意してないって言ってたのに。包みを掴んで寝室を出れば、寝間着姿でコーヒーを淹れている月島さんの背中が目に入る。私の足音に振り返って、「起きたか、おはよう」と呑気に朝の挨拶をする彼に飛びついた。

「月島さんこれ…!」
「ああ、まだ開けてないのか。お前のだぞ」
「それはわかるけど、なんで」
「クリスマスだからな」

ニヤリといたずらが成功した子どものような得意げな笑みを浮かべた月島さんに促されて、逸る気持ちを抑えて出来るだけ丁寧に包みを開ける。真っ白な箱から出てきたのは、ネックレスだった。ピンクゴールドのチェーンの先には月のモチーフと小さな石が煌めいている。

「かわいい…」
「お前、月の形した耳飾り持ってただろ。こういう形好きなのかと思ってな」

月島さんが言う通り、普段よくしているピアスは三日月形のものだ。月島さんを意識してそのモチーフを選んだということは、きっと彼は思いもよらないのだろう。

「月島さんありがとう!大好き…!」
「気に入ったんならよかった」

嬉しさのあまりそれ以上に言葉が出てこなくて、喜びを伝えたくて抱きつけば、優しく抱き止めてくれる。

「そろそろ支度しないと時間なくなるぞ」
「もうちょっと余韻に浸らせてよ〜」

切り替えの早さに文句を垂れる私をハイハイとあしらう月島さんはつれない。むうと唇を尖らせていれば、宥めるようにキスされて、それだけで機嫌がよくなるのだから我ながらちょろいものだ。

「これ月島さんがつけてくれる?」
「ああいいぞ。ほら早く着替えてこい」

背中を押されて寝室へ戻る。まだしばらく忙しい日が続くと憂鬱な水曜日だったけれど、思いがけない贈り物に私のテンションは最高潮だ。いつもは寒くて嫌になる着替えもサッと済ませて、月島さんが待つリビングへ向かう足取りは弾んでいた。



191224