ぶるりと寒さに目を覚ます。すり、と足を擦り合わせれば、素肌の感触がして自分がズボンを履いていないことに気づく。昨夜は遅くまで貪られて意識を飛ばすように眠りに落ちたから、月島さんが上だけでもと服を着せてくれたのだろう。けだるさの残る体をゆっくりと起こして、足元に丸まっている毛布を引き上げる。隣に眠る月島さんにぴたりとくっつけば、高い体温がじわりと滲んでくる。散々啼かされたせいか、空気が乾燥しているのか。喉が引き攣るような感触があって、けほと咳き込む。喉の調子を確かめるように咳払いをしていれば、月島さんが目を覚ましてしまう。

「…のど痛いのか」
「ごめんなさい、起こしちゃいました?」
「水いるか?」
「だいじょうぶ」

労わるように背中を擦ってくれる月島さんの胸に擦り寄り、足の間に爪先を捻じ込んで暖を取る。

「寒いか」
「うん、ちょっと。あ、着替えありがとうございました」
「いや、おまえ自分で着てたぞ」

月島さんに体を拭いてもらっていたことは朧げに覚えているが、それは記憶にない。パンツを履いて上を被ったところで力尽きてしまったらしい。体が冷えるからと下を履かせようと頑張ってくれたらしいが、うまく履かせることが出来ずに断念したそうだ。眠っている人間にズボンを履かせるのは結構な重労働だから仕方がない。背は高くないものの、がっしりとした体つきの月島さんの服は意外に大きく、履かせてもらってもサイズが合わないから寝ている内にずり落ちてきてしまっていただろうし。

「もう一眠りするか?」
「うーん…」

寝たのは深夜だったから睡眠時間は足りてないはずなのだが、不思議と眠気はあまりなかった。ぐうとお腹がなったのが聞こえたのだろう。メシ作るか、と月島さんが身を起こす。寝てていいぞ、と言ってくれるが、一人でベッドに残されるのはさびしい。ん、と腕を広げれば抱き起してくれた。
台所に向かう月島さんの背中に引っ付き虫よろしくくっついて移動する。動きづらいだろうに文句を言わない月島さんに甘えて、ここぞとばかりにひっつく。ベタベタするのをあまり好まない月島さんは、ピッタリと張り付いているとたまにイヤそうな顔をすることがある。しかし、事後だけはどれだけくっついていてもイヤな顔をすることなく許してくれる。

「何食いたい」
「フレンチトースト」
「…」
「冷凍してあるの焼くだけですよ」

月島さんはそんなに料理が得意じゃないから、フレンチトーストなんて作ったことないはずだ。案の定、私のリクエストに難しい顔をした彼に笑う。卵液にパン浸して仕込んでいたジップロックを冷凍庫から取り出し、冷蔵室から出したバターも手渡せば、フライパンを取り出した月島さんはテキパキと動き始める。フライパンの上をとろりとバターが滑り、いい匂いが立ち込めてくる。真剣な顔でじっとフライパンを見つめている月島さんの脇腹をちょんちょんとつついてちょっかいをかければ、やめろ、と窘められるものの振り払われることはない。フライ返しを使ってくるりとパンをひっくり返せば、いい具合に焼き色がついている。もうちょっとで出来上がるだろうし、飲み物を用意しようと月島さんから離れ、戸棚からマグカップを取り出す。

「月島さん、何飲みます?」
「お前と一緒でいい」

どうしようか少し悩んで、カフェオレを作ることにした。フレンチトーストが甘いから砂糖は入れない。マグカップに牛乳を入れて、レンジにかける。温まった牛乳にインスタントコーヒーの粉を混ぜて完成だ。月島さんの方もちょうど出来上がったようで、お皿の上にフレンチトーストが盛られている。ダイニングのテーブルについて、いただきますと手を合わせた。ナイフで一口サイズに切ったパンを頬張れば、やさしい甘さが口内に広がって顔が緩む。もぐもぐと咀嚼しながら月島さんの様子を窺えば、静かに口に運んでいる。

「おいしい?」
「ああ、甘すぎなくていいな」
「ふふ、よかった」

お腹が満たされて体も温まったからか、さっきまで感じていなかった眠気が湧き上がってくるのだから現金なものだ。隠すことなくふあ、と欠伸を漏らす私を見て月島さんが笑う。

「後片付けしておくから、もう一眠りしたらどうだ」
「そうします。月島さんは?」
「洗い物終わったら俺も寝る」

独り寝はさびしい、と言外に含ませてみたのだが、きちんと伝わったらしい。甘いものを食べたし歯を磨いてからベッドに入って目を閉じる。ウトウトとまどろみ始めたところで、ベッドが大きく沈んだ。戻ってきた月島さんは私が被っている毛布を捲って中に入ってくる。抱き寄せられて触れた月島さんの体はちょっぴり冷たい。

「あとかたづけ、ありがとうございました…」
「どういたしまして」

眠気で頭が回らず、ボソボソと話す私の頭を撫でる月島さんの掌もひんやりとしている。お湯を使えばいいのに、月島さんは洗い物をするときはいつも水で洗う。曰くお湯が出るまで待つのが面倒らしい。仕事ではきっちりとしているくせに、自分のこととなるとめんどくさがって手を抜くことが多いのだ。温もりを分け与えるように分厚い掌を取って揉んであげる。指が太くてちょっと丸っこくて短い月島さんの手は可愛くて私のお気に入りだ。もぞもぞと月島さんが指を動かすので、揉むのをやめて手を握った。

「くすぐったい?」
「ちょっとな」

首を伸ばし唇に触れようとして、狙いが外れて顎髭に当たる。仕方がないなという顔をして月島さんが唇にキスを落としてくれて満足感に浸る。スキンシップも十分に取って、お腹も満たされて、好きな人の香りに包まれてまどろむ。この瞬間のしあわせを噛み締めながら眠りに落ちていった。



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