いろいろと考えた末に、旅行に行くことにした。とはいえ、あまりにも遠方だと移動で疲れてしまうだろうから、行先は車で数時間の距離にある近場の温泉街だ。巣ごもり宿と呼ばれている旅館の、内風呂のついている部屋を予約した。温泉に浸かっておいしいご飯を食べてゆっくりしてもらおうという目論見だ。
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当日は、朝9時頃にレンタカーを借りてから月島さんの家に向かった。合鍵を使って家に入ると室内はまだ暗い。そっと物音を立てぬよう気を付けながら寝室に忍び込むと、月島さんはまだぐっすりと眠っている。昨日も遅くまで残っていたから疲れているのだろう。うっすらと隈の浮かぶ目元をひと撫でし、この連休はしっかりリフレッシュしてもらおうと心に決めて、準備のためクローゼットを開いた。
10時を過ぎたくらいに、月島さんが起きてきた。迎えに来ることは伝えていなかったから、リビングに私がいることに驚いた後、寝坊したのかと慌てて時計に目をやっている。月島さんには、11時くらいを待ち合わせ時間として告げていたから、それに合わせて起きてきたのだろう。家で作ってきたおにぎりを朝ごはんとして出してあげて、ここで初めて今日は泊まりで出かけることを知らせた。
「泊まりって、何も準備してないぞ」
「着替えは私が準備しておきました。車も借りてきたので、月島さんの支度ができ次第出発しますね」
荷物を詰め込んだ月島さんが出張の時に使っているボストンバックを指させば、すでに用意がされていることに月島さんはまた驚いた後、頷いて支度を始めた。
月島さんは身支度に時間がかからないので、まもなく家を出た。助手席に月島さんを座らせてハンドルを握る。
「途中眠たくなったら、遠慮しないで寝ちゃっていいですからね」
「わかった」
月島さんは変に気を遣うから先にそう宣言しておけば、こくりと頷いてシートベルトを締めている。ちょこんと大人しく座席に収まっている姿がなんだかかわいい。
「じゃあ出発します」
「おう、運転よろしくな」
平日だから高速道路は空いていて、途中サービスエリアに寄って休憩をしつつ目的地には昼過ぎに到着した。地元の定食屋で昼食を済ませて、今日の宿にチェックインする。
「おお、広いな」
部屋に入ってまず広さに驚いた月島さんは、室内をあちこち見て回った後、最後に内風呂を発見し大いに喜んでいた。
「大浴場もあるみたいなので、好きなだけ入ってくださいね」
「うん」
返事をした後、さっそく備え付けの浴衣とタオルを取り出して、いそいそと入浴の準備を進めている月島さんに笑みが溢れる。
「は?風呂行かないのか?」
「はいはい、準備するのでちょっと待ってくださいね」
大浴場は男女別なのだから、どうせ途中で分かれるのに一緒に行きたいらしい。月島さんの可愛らしい様子に頬を緩めつつ、手早く入浴の準備を済ませて部屋を後にした。
お風呂は女の人が長い、と一般的に言われるかもしれないが、月島さんは長風呂だ。どっちが先に上がるかわからないし、待たなくて済むように部屋の鍵はフロントに預けておく。家と違って広いお風呂に手足を伸ばしてゆっくり入り、いつもよりは長湯した方だが、やはり月島さんはまだ出てきていなかったようで、一足先に部屋に戻ってきた。縁側に置いてある椅子に座って外を眺めていると、じわりと眠気が襲ってくる。月島さんほどではないが、私もここ一週間は年度末の忙しさに追いやられていた。今日の準備のために早起きをしたことも相まって、お風呂に入って体が温まった体に睡魔がどんどんと魔の手を広げていく。月島さんが帰ってくるまで少しだけ眠ろうと、抗うことなく瞼を閉ざした。
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体が浮遊する感覚に意識が浮上するが、まだ眠りの淵にいるようで瞼が重く目を開くことができない。頬に温かくしっかりとした感触がして、思わず擦り寄れば、柔らかく名前を呼ばれた。
「?起きたのか」
「おきた、けど、まだねむい、です…」
舌が回らず舌足らずになった物言いに、月島さんがやさしく頭を撫でてくれる。
「起きなくていい、まだ寝てろ」
「でも、せっかく、りょこうにきてるのに、」
「今日はのんびりしに来たんだろ?俺も一緒に寝るから」
ベッドの上にそっと降ろされて、隣に月島さんが潜り込んでくる。胸元に抱き込むように引き寄せられて、石鹸の香りと月島さんの匂いに包まれた。
「つきしまさん、」
「なんだ?」
「おふろ、たのしめましたか…?」
「ああ、いい湯だったぞ」
「よかった」
頬を緩ませれば、もう寝ろという言葉とともに、寝かしつけるように大きな掌が頭を撫でて、もう一度眠りに落ちた。
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結局、二人してぐっすり眠りこんでしまい、フロントから夕食の時間を確認する連絡で起きた。
「よく寝ましたね~」
「だな」
布団から這い出て、寝乱れた浴衣を直す。
程なくして食事が運ばれてきた。地元の食材を使った料理が盛りだくさんで、月島さんはおいしいと舌鼓を打っていた。食後、デザートの代わりに運ばれてきたのはケーキで、happybirthdayと書かれた小さなプレートが乗っかっていることに月島さんは目を丸くしている。この辺りで有名なパティスリーのケーキで、事前に持ち込みが可能か確認をして預かってもらっていたものだ。
「お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう」
本当はホールケーキといきたかったが、あれだけ豪勢な夕食の後に二人で食べるには量が多すぎるから、ショートケーキにした。この大きさにロウソクを刺すのはさすがに不格好なので、メッセージプレートをつけてもらうことにしたのだが、どうやらお気に召したらしい。ちょっと照れくさそうに眺めた後、ケーキを崩さないようにおそるおそるデザート用の小さなフォークを差し込む月島さんを見守る。
「ん、うまい」
「お口に合ったようでよかったです」
「今日は何から何までありがとうな」
「どういたしまして」
去年の雪辱を晴らさんと気合を入れて準備をしたものの、張り切りすぎただろうかと些か心配だったので、月島さんが喜んでくれていることに胸を撫で下ろす。
「こんなこと言ったらまたお前は怒るかもしれんが、」
もぐもぐとケーキを咀嚼しながら、月島さんが口を開く。
「やっぱり俺は誕生日自体がさほど特別なもんだとは思えないんだが、お前が俺のためにいろいろ考えて、何かしてくれるってのは嬉しいもんだな」
まさかそんなことを言われるだなんて思ってもみなくて、不意打ちを喰らった涙腺からぽろりと涙がこぼれる。
それを見た月島さんはうわ、と慌てた声を出してフォークを手放しテーブルを回り込んでこちらにやってくる。
「なんだ、結局今年も泣くのか」
「だって月島さんが嬉しいこと言うから〜」
指先で涙を拭ってもらって、泣き笑う。去年の悔しさに泣いた私に教えてやりたい。今年は嬉しさに泣くことを。
「ねえ、後で一緒にお風呂入りましょうね」
たっぷりサービスしてあげます。
耳元でこそりと囁けば、月島さんは黙ってこっくり頷く。眉間に皺を寄せて顔に出さないようにしているようだが、隠しきれない喜色が浮かんでいる。何を想像しているのかわからないけれど、ご期待に添えるようにがんばらなくっちゃなあ。だって、まだまだ祝い足りないのだから。
210401
HappyBirthday Hajime Tsukishima!!