「いいな、腕出てるの」

掛けられた声に隣に目をやれば、上司の月島さんが自動販売機に小銭を投入しているところだった。連日の暑さに負けて、今日はノースリーブのトップスを着ている。社内は冷房が効いているから冷えないようにカーディガンを羽織っていたが、休憩スペースの周辺は空調の効きが悪く暑いので上着を置いてきていた。予想外の人に反応をもらい、驚きにぽかんと呆けていれば、なぜか月島さんが慌てだす。

「すまん、こういうのセクハラだったか」
「あ、いえ!そんなことは全然…!まさか月島さんに褒めていただけるとは思ってなかったのでびっくりしちゃって」

私の返答にほっとしたように息を吐いた後、月島さんは自販機に向き直りボタンを押す。

「クーラー寒くないか」
「羽織るもの持ってきてるので大丈夫です。外が暑いからちょっとでも涼しい格好したくて」
「ああ、夏らしくていいな」

ちらり、と少し遠慮がちに月島さんが肩から二の腕に視線を向けているのを感じて、ちょっと恥ずかしくなる。私の二の腕はお世辞にも引き締まっているとは言い難い。腕を隠したい衝動に駆られるが、先ほどセクハラではないと言った手前、ここで隠してしまうと月島さんが気にしてしまうかもしれない。そんなことをグルグルと考えていれば、白いな、とポツリと呟く声が聞こえてくるものだから、叫びだしたい衝動を堪えるのに必死だった。







彼女の腕が無防備に晒されているのを見て思わず声をかけてしまった。普段は服の下に隠されているためか、覗いた二の腕は白く、実に柔らかそうだ。白いな、と見たままの感想をぽつりと漏らしてから、これこそセクハラ発言になるのではと思い至る。

「すまん。またセクハラだな」
「いえ、あの…イヤじゃないので大丈夫です。気にしないでください」

気を遣ったがフォローしてくれるが、どうにもその腕に視線を送るのをやめられない。このままでは本当にセクハラで訴えられても言い訳が立たない。

「さ、触りますか」

視線から邪な感情を察知したのか、から思いもよらぬ提案をされて息を呑む。そんなに物欲しそうな目をしているのだろうか俺は。しかし、実際触りたいという欲求に襲われていたのも事実で、いいのか、と確認を取れば、こくりと頷いた彼女に生唾を呑み込む。
逸る気持ちを抑えて彼女に近づき隣に腰掛ければ、おずおずと腕を差し出される。近くでみると腕の細さが目について、おそるおそる手を伸ばす。触れた二の腕は冷房で冷えてしまったのか、ヒヤリとしていた。想像していた以上の柔らかさと吸い付くような肌の感触に、弾力を確かめるようにふにふにと指先を動かす。堪えるように息を吐いて、もぞりと身を捩る姿に不埒な考えが頭を過り、邪念を追い払うように無心で指を動かしていれば、蚊の鳴くような声が耳に届く。

「あ、あの月島さん。も、もういいですか」
「っ…あ、ああすまない。つい夢中になっていた」

変な気を起こす前に、と弾かれたように腕を離せば、はホッとしたように息をついた。

「私もう戻りますね」
「ああ」

逃げるように立ち上がった背中に「冷えてるみたいだから暖かくしておけよ」と声をかければ、振り返った顔は真っ赤に染まっていて、言葉が出ないのか、コクコクと頷き会釈して踵を返すと、小走りで去っていった。
あんな顔で自席に戻って大丈夫だろうか、と自分のしたことを棚に上げて彼女の心配をしながら、先ほど買った缶コーヒーのプルタブを引く。冷たかったはずのそれは随分と汗をかいていて、すっかりぬるくなっていた。



190819・0822 / twitterより再掲