「…吸っていいか」

どうぞ、と許可すれば、彼は取り出した煙草に火をつけた。
月島さんが私の前でたばこを吸うのは初めてだ。喫煙している姿を見かけたことはあったが、彼は決して私がいるところでたばこを吸うことはなかった。いつも遠くから見ていたその姿を、いま目の当たりにして、これからなにかが起こる予感に居ずまいを正した。
煙を吐きながら、ぽつり、ぽつりと月島さんが語り始めたのは、彼のこれまでの人生だった。
新潟の佐渡島出身であること、島は人間関係が濃厚で閉鎖的な土地だったこと。彼の父親は癖の強い人で、島の人に煙たがられていたこと、それゆえに彼は幼い頃から島内で厄介者扱いされていたこと、そんな彼にやさしくしてくれた女の子がいたこと。高校を卒業する時に、一緒に島を出て二人で暮らそうと約束をしていたこと。しかし、それは叶わなかったこと。
生涯でただひとり。この人、と決めた人と添い遂げることが叶わなかった時の彼の気持ちを推し量ろうとしたが、想像もできなかった。
それから、独りで生きていくことを決めて、何年も過ごしてきたこと。私と出会って、また誰かと一緒に生きることを望む気持ちが生まれたこと。でも、また叶わないのではないかと、臆病さに襲われていたこと。
普段、あまり自分のことを、殊の外心情を話すことのない月島さんが初めて吐露する心中の想いに、ぎゅうっと心臓がいたくなる。

「月島さん、」

なんて言葉をかければいいかわからなくて、名前を呼んで手を握るしかできなかった。手元に落としていた目を上げて、私を見つめた彼の瞳は、ゆらゆらと夜の海のように揺らめいていた。



190815 / twitterより再掲